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東京地方裁判所 平成10年(ワ)26972号 判決

原告

須藤弘

右訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

被告

東京ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役

飯田克己

右訴訟代理人弁護士

堤淳一

石黒保雄

右当事者間の退職金請求事件について、当裁判所は、平成一一年一二月二四日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金一六五万円及びこれに対する平成九年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求その一)

被告は、原告に対し、金一六五万円及びこれに対する平成九年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求その二)

被告は、原告に対し、金一六五万円及びこれに対する平成九年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、退職金を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場におけるオフション取引並びに指数取引を含む貴金属、農産物、ゴム等の上場商品の売買及び売買取引の受託業務等を目的とする会社である。

(二) 原告は、昭和六一年八月八日近畿ゼネラル貿易株式会社に雇用され、翌昭和六二年の同社外二社の合併により被告の従業員となり、平成八年一二月からは札幌支店長の地位にあった。

2  原告の退職

原告は、平成九年の六月又は七月に被告を退職した(具体的時期については争いがある)。

3  退職金に関する被告の定め

(一) 変更前

平成九年六月一六日付け改訂前の就業規則(以下「旧就業規則」という)及び退職年金規約によれば、原告には、基準給与二二万円に勤続期間一〇年の給付率一五を乗じた三三〇万円が、退職後一か月以内に支給されることになっていた。

(二) 変更後

被告は、平成九年六月一六日付けで就業規則を改訂し、付属規程として退職金規程を新設した(以下、改訂後の就業規則を「新就業規則」といい、就業規則改訂と退職金規程新設を併せて「就業規則等変更」という)。そこでは、退職後の競業(就業)制限の規定(新就業規則四九条)、「所定用紙による会社の承諾を得ないで、退職後一年以内に会社と同種または類似の競業を営みまたは同業競合会社に就職した場合」等の退職金の支給制限の規定(退職金規程四条)等が設けられ、また、退職金の支払時期は退職日から三か月以内に改められた。

4  被告による退職金の減額支払

被告は、原告には退職金規程四条に該当する事由があるので退職金を五割減額するとして、平成九年一〇月二三日、原告に一六五万円のみを支払った。

二  争点及び当事者の主張

1  原告の退職日(退職金の支払時期)

(一) 原告の主張

(1) 原告は、平成九年六月一〇日辞表を提出し、同月二六日被告を退職した。仮に同月一〇日には辞表の提出が認められないとしても、同年七月九日には改めて辞表を提出し即時退職を求めたから、原告は、同日被告を退職した。

(2) 原告に新就業規則の規定の適用がないことは後記2(二)のとおりであるから、退職金の支払時期は、平成九年六月二六日の退職日から旧就業規則所定の一か月後である平成九年七月二六日であり(主位的請求)、退職日が同年七月九日であるとしても、その一か月後の同年八月九日である(予備的請求その一)。退職日が被告主張の同年七月二〇日であれば、退職金の支払時期は、同年八月二〇日である(予備的請求その二)。

(二) 被告の主張

(1) 原告が辞表を提出したのは、平成九年七月九日であり、原告の退職日は同月二〇日である。

(2) そして、退職金の支払時期は、退職日から新就業規則所定の三か月後である同年一〇月二〇日である。

2  就業規則等変更の有効性・原告への適用の可否

(一) 被告の主張

(1) 被告がこれらの規定を新たに設けるに至ったのは、平成六年以降継続的に発生している同業他社の訴外オリエント貿易株式会社(以下「訴外オリエント」という)による被告社員に対する引抜き行為の影響であり、被告には、訴外オリエントによる引き抜き及びそれに伴い生じる諸問題を防止するため、就業規則を改訂し競業(就業)制限を設け、かつ、それに違反した場合に退職金の支給制限を行わざるを得ない状況にあった。

(2) 退職後の競業制限は、被告が商品先物取引等を業とする株式会社であって、顧客及び業務内容等において秘密とすべき事項が多く存することに鑑みれば、退職後相当期間の競業制限は然るべき措置と言うべきである。他方、制限の内容を見ても、対象者が課長又は副支店長以上等被告において重要な人物に限定され、また、競業制限の期間も退職後一年間に限定され、しかも競業会社入社承諾願を提出さえすれば被告の承諾が得られ競業他社への就職が可能となるから、その不利益の程度も著しく小さいものである。退職金の支給制限は、競業制限の実効性を図るために必要やむを得ない制約である。

(3) 被告は、就業規則等変更に伴い、労働条件の改善を行っている。

(4) 被告は、就業規則変更等に関し、従業員からの意見聴取及び従業員に対する周知を行い、また、従業員代表の意見書を添付したうえで労働基準監督署に届出をした。

(5) このように、就業規則等変更は合理性があるから有効であるし、仮に新就業規則等の発効が労働基準監督署長に届出した平成九年六月二四日であったとしても、原告の退職日より前である(原告が同月一〇日に同月二六日で退職する旨の退職願を提出していたとしても同様である)から、原告にも適用がある。

よって、被告が、原告に対し、退職金の五割減額の処分を為し、一六五万円を支払ったことに何ら問題はない。

(二) 原告の主張

(1) 被告は、就業規則等変更の実質的理由は、訴外オリエントによる引き抜きへの対処だというが、右理由は事実の根拠を欠いた不当なものである。

(2) 変更後の就業規則等は、労働者の転職の自由に対する不合理な制限を設けている。

(3) 原告は、就業規則等の変更案が社内で回覧された当時は既に退職の意思を固めていたので、同意のサインをしていない。

(4) このように、就業規則等変更は、原告入社後の合理性のない不利益変更であるから無効であるし、原告の退職意思表示後の改変であるから、原告に新就業規則等を適用することは許されない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告の退職日)について

1  前記争いのない事実、証拠(各認定事実の末尾に挙示したもののほか、(証拠略)。ただし、(書証略)及び原告本人については、他の証拠に照らし採用できない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成八年一二月から被告の札幌支店長を務めていたが、平成九年五月二六日、当時被告の第四ブロック(名古屋一支店、日本橋二支店及び札幌支店)の統括部長(ブロック長)であった吉田徹雄(以下、「吉田部長」という)に対し、期末(五月末)で辞めたい旨述べた。これに対し、同部長は、辞表を提出している店長が他にいる旨及び原告には頑張ってほしい旨述べた。

(二) 同年六月九日、原告は、同月一日付けで吉田部長の後任の統括部長に就任した山田有二(以下「山田部長」という)との電話の際、退職したい旨伝えた。これを聞いた山田部長は、原告から話を聞くために翌一〇日の夜に札幌入りし、翌一一日の午後七時ころから、札幌支店の支店長室において、原告と話し合いを行った。原告は、「退職願」と書かれた封筒を机の上に置いて、六月二六日で退職したい旨述べ、その理由として、休みが不定期であることや、子供が喘息に罹患しているため長期的に環境を整えるため実家である青森に帰ろうと思っていること等を挙げた。これに対し、山田部長は、六月の人事異動で組織を組んで期がスタートしたばかりであり、札幌支店の計画が立たなくなってしまう、せめて期の上半期が終わる一一月末まで待ってほしいと慰留し、もう一度よく考えてみてから出すように述べて「退職願」と書かれた封筒を原告に返還した。

(三) 山田部長は、翌一二日も、原告を慰留した。その際、同部長は、原告の携帯電話に、被告を退社して訴外オリエントに入社した者の電話番号が登録されていたことから、原告の退職も訴外オリエントと関係があるのではないかと尋ねたが、原告は肯定も否定もしなかった。

(四) 山田部長は、同年六月二四日にも札幌を訪れ、同日から二六日にかけて原告と話し合った。原告は、退職の意向を変えず、同月二八日に東京本社で行われる営業会議にも出席しない旨述べていたが、山田部長から説得されて営業会議には出席する旨述べた。

(五) 同年六月二八日、原告は、東京本社で行われた営業会議に出席した。会議終了後、同社の小会議室において、原告と、猪俣圭次常務取締役(以下「猪俣常務」という)及び山田部長との間で、退職問題に関する話し合いが行われた(途中から前田芳廣専務取締役も話し合いに加わった)。右席上、原告は、退職を希望する理由について、六月一一日に山田部長に対して述べたのとほぼ同様の理由を述べた。これに対し、猪俣常務は、期の締めである一一月末までは頑張ってほしい旨述べて原告を慰留した。これに対し、原告は、一一月末までは頑張る旨述べた。

(六) 原告は、その後勤務を続けていたが、同年七月八日に山田部長と電話をした際これから訪れると言っていた客先を訪れず連絡が取れなくなった。そして、翌九日、突然被告の日本橋支店に山田部長を訪ね、「退職願」と書かれた封筒(「退職願」と題する書面入り)を提出した(書証略)。山田部長は慰留を断念し、新就業規則等で被告が定める退職手続をとるよう指示した。

(七) その後原告は、同年七月一一日、被告の札幌支店に姿を見せ、齊藤直人主任に、被告所定用紙による退職届出書、借上社宅退去届出書及び退職一時金に関する書類を提出したが、被告が定める方法による業務引継をしないまま、翌日以降出社しなくなった。

(八) 被告は、同月一八日、出社命令通知を内容証明郵便で原告の実家のある青森市に送付したが、同書面は浦和市に転送されたうえ原告に配達された(書証略)。

(九) 同年八月一日、原告は、代理人である田中信人弁護士(以下「田中弁護士」という)を通じて、被告に対し、離職票及び退職証明書の交付を請求する内容証明郵便を送付した(書証略)。そこで、被告は、人事部人事課長の樗木博を通じて田中弁護士との間で話し合いを行った結果、原告に業務引継を行わせることを断念し、被告の賃金が毎月二〇日締め二五日払であり、被告は同年七月二〇日までの賃金を原告の銀行口座に振り込み済みであることから、原告の退職日を同年七月二〇日としたい旨申し入れ、田中弁護士はこの申し入れを了承した。これを踏まえて、被告は、同年八月二六日、田中弁護士に対し、被告所定の退職届出書(空白用紙)、雇用保険被保険者離職票1、同2、退職証明書(書証略)及び返信用封筒を送付し、原告は、同年九月八日、田中弁護士を通じて、「退職年月日」欄に「平成九年七月二〇日限り」と自署し、署名捺印した被告所定の退職届出書(書証略)を返送した。また、原告は、自己の銀行口座に振り込まれた同年七月二〇日までの賃金を受領し費消した。

(一〇) なお、原告は、同年九月二六日訴外オリエント(仙台支店)に入社した。また、被告の札幌支店は、その後実績が低迷し、同年一〇月二四日をもって閉鎖された。

2(一)  右認定事実によれば、原告は、平成九年六月九日退職したい旨述べ、同月一一日には同月二六日で退職したい旨述べているが、その態様、及び山田部長らの慰留を受けて同年七月八日までは勤務を続けていたことからすると、原告の右意思表示は、被告の承諾を得て退職したい旨の合意退職の申込みであったというべきであり、被告の承諾が得られなかった以上、右意思表示によっては、同年六月二六日退職の効果は生じていないというべきであるし、仮に右意思表示が、雇用契約を一方的に終了させる辞職であったとしても、同年六月二七日以降も勤務を続けていたことからすると、辞職の意思表示は撤回されたというべきである。

(二)  これに対し、同年七月九日の意思表示は、被告の承諾を得られなくとも退職する旨の辞職の意思表示であったと認められる。しかし、その後原告は、田中弁護士を通じて被告と交渉し、その結果、両者間に退職日を同月二〇日とする旨の合意が成立したのであるから、それ以前にした辞職の意思表示は撤回されたというべきである。

(三)  結局、原告の退職日は、当事者間で合意した平成九年七月二〇日である。

二  争点2(就業規則等変更の有効性・原告への適用の可否)について

1  前記争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 変更内容

被告は、新就業規則及び退職金規程に次の各規定を設けた。

新就業規則四九条(退職後の就業制限)

従業員であって次の各号のいずれかに該当する者は退職後一年間は所定用紙による会社の承諾なく会社と同種または類似の競業を営み、または競業会社に就職してはならない。

(1) 課長又は副支店長以上の職で退職前一年以内に登録外務員であった者。

(2) 競業制限に対する手当が退職前一年以内に支給されていた者。

(3) 前各号の他、会社が特に指定した職務に従事した者。

退職金規程四条(支給制限)

一項

次に掲げるようなときには、原則として退職金は支給しない。

(1) 懲戒解雇されたとき、またはそれに相当する事由がある場合

(2) 在職したまま会社の承諾を得ないで他に就職した場合

(3) 所定用紙による会社の承諾を得ないで、退職後一年以内に会社と同種または類似の競業を営みまたは同業競合会社に就職した場合

(4) 退職後、在籍中の社員の転職及び顧客との取り引きを勧誘する行為、又はそれに類似する行為を行った場合

(5) その他、会社の承諾を得ないで退職した場合

二項

前項に拘らず、内容によっては退職金を減額して支給することがある。

退職金規程五条(退職金の返還)

万一、退職後一年以内に第四条各項に掲げる事実が発覚した場合には、その全額を会社に返還しなければならない、

退職金規程一一条(支給時期)

退職金は、原則として退職の日から三か月以内に全額を支給する。

ただし、三か月以内に支給出来ない事由がある場合は、その事由が解消後に支給する。

(二) 変更の必要性

被告がこれらの規定を新たに設けるに至った主要な原因は、平成六年以降、被告にあって要職に就いていた従業員が大量に退職して訴外オリエントに就職し(平成八年八月までに一一人)、その退職の仕方等をめぐって、同社及び退職従業員との間でトラブルが発生していたことにある。

(三) 労働条件の改善

被告は、前記(一)の各規定の新設と併せて、次のような労働条件の改善を行った。

(1) 休職を命ずるまでの欠勤許容期間の延長(新就業規則三一条一項一号)。

(2) 休職期間の延長(新就業規則三二条一号)。

(3) フレックスタイム勤務及び変形労働時間制の導入(新就業規則五一条四項、五項)。

(4) 年次有給休暇の付与基準日の短縮(新就業規則六三条二項)。

(5) 年次有給休暇の請求日の短縮(新就業規則六四条)。

(6) 育児休業及び介護休業の新設(新就業規則七二条、七三条)。

(7) 退職金の支給額の二〇パーセントを上限とした功労金支給制度の新設(退職金規程九条)。

(四) 変更の手続等

被告は、就業規則等変更に関し、次のように従業員に対する周知等及び労働基準監督署への届出を行った。

(1) 被告は、平成九年六月二日、本社総務部から各拠点の各部門長及び各支店長に、就業規則等変更に関する通達を発送又は配布し、同月一四日、東京本社、大阪支社及び福岡支社で説明会を開催した(書証略)。被告は、各部門長及び各支店長には説明会への出席を義務付け(証拠略)、その他の従業員は自由参加とした。各地において、それぞれ役員及び人事・総務担当従業員が説明を担当し、通達の際に配布等した「就業規則改訂・退職金規程新設のポイント」(書証略)をもとに説明を行い、その後、参加者全員に新就業規則及び退職金規程を配布し、質疑応答を実施した。

また、被告は、右説明会の最後に、各部門長及び各支店長に「就業規則・退職金規程確認印一覧」を配布して、各部門及び各拠点単位での従業員への回覧及び説明の実施を依頼し、「就業規則・退職金規程確認印一覧」に各従業員の署名捺印が完了後、直ちに本社総務部に返送するよう要請した。その後、従業員六〇〇名(出向中の者及び海外赴任中の者を除く)のうち五七四名が右「就業規則・退職金規程確認印一覧)に署名捺印し(書証略)、札幌支店でも一二名中八名が署名捺印した(書証略)。ただし、原告は署名捺印しなかった。

(2) 被告は、本社に関しては、同年六月二四日、従業員代表の意見書を添付したうえで三田労働基準監督署に新就業規則及び退職金規程の届出をし(書証略)、地方においても同様に、本社総務部から各拠点の労働基準監督署に対し郵送による届出をした。

2  原告の退職日(これは退職金請求権が現実のものとなる日でもある)が新就業規則等施行日より後であることは、前記認定事実及び判断に照らして明らかであり、したがって、新就業規則等が有効である限り、原告の退職金については新就業規則等が適用される。

3(一)  新たな就業規則(付属規程を含む)の作成又は変更によって既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の変更等が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいう。

(二)  これを本件について検討するに、前記1で認定した変更内容(競業制限を受ける従業員の範囲を限定しており、期間も退職後一年間に限定している。また、被告の承諾を得れば競業他社への就職も可能な内容となっている。退職金についても常に不支給とはしていない)、変更の必要性(要職に就いていた従業員が大量に退職して競業他社に就職すれば、企業の存続にも重大な影響を及ぼしかねない)、労働条件の改善(特に功労金支給制度の新設)及び変更の手続(他の多くの従業員は変更に同意していると認められる)等からすれば、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更等については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると解すべきであるとしてもなお、被告の就業規則等変更には合理性があり、したがって、変更は有効であるというべきである(なお、従業員が競業他社への就職の承諾を求めたのに対し、被告が正当な理由なく拒否したため退職金規程四条に該当することになった場合には、退職金を不支給とすることは許されないというべきである。このように、同条が濫用されることがあってはならないことは当然である)。

そして、前記一1の原告の退職及び競業他社への就職の経緯(原告が山田部長らに述べた退職理由は、その後の経緯に照らし到底信用できるものではない。また、退職時期、業務引継の点を含む退職の態様とも被告に著しい不利益を及ぼすものである)は、信義に反し、原告のそれまでの勤続の功を著しく減殺するものといわざるを得ないから、被告が、原告に退職金規程四条を適用して、退職金の五割を不支給とすることも許されるというべきである。

三  結論

以上の次第であるから、被告に退職金の未払はなく、原告の請求はいずれも理由がない。

よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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